錯体化学研究室 広島大学大学院先進理工系科学研究科

研究概要

 遷移金属が配位子に取り込まれると、単独で存在するときに比べて多様な挙動を示す。このような金属錯体の諸物性を研究することは物質に関する化学的理解を深め、さらに特異な性質を開発することにもつながる。我々はこのような観点から遷移金属錯体の諸物性を多角的に研究している。



主な研究テーマ①-アルキニル銀ナノクラスターの合成法の開発-

 アルキニル基R-C≡C-は,末端のσ電子だけでなくπ電子も供与に使えるため、金属ナノクラスターの保護配位子として魅力的な配位子である。加えて、C≡C結合には豊かな反応性も期待できる。そこで、研究例が限られている銀のアルキニルナノクラスターの新規な合成法の開発と得られたクラスターの配位子の反応を研究のテーマに掲げている。現在までに白金(0)を核として銀を42個集積したクラスターの合成や、アルキンと金属からなる錯体を新たな保護配位子とした銀ヒドリドクラスターの合成に成功している。
An Atomically Precise Alkynyl-Protected PtAg42 Superatom Nanocluster and Its Structural Implications


主な研究テーマ②-CO2還元の効率化を目指したCu/有機膜界面反応場の構築-[解説(学内限定)]

 金属銅はCO2をメタンやエチレンなどの炭化水素に還元できる唯一の金属であり、その触媒性能に注目が集まっている。しかし、電気化学的にCO2を還元する場合、生成物選択性の制御が難しく、副生成物である水素の発生が課題である。そこで当研究室ではCu電極を有機膜で修飾することにより、電極表面の疎水性を向上させ、水素発生を抑制しながら効率的にCO2を有用な化合物に変換できる反応場の構築を目指している。

 [発表論文]
3) Uniform wrapping of copper(I) oxide nanocubes by self-controlled copper-catalyzed azide–alkyne cycloaddition toward selective carbon dioxide electrocatalysis[ChemComm., 2022, 58, 8053-8056][解説(学内限定)]
2) Substituent-Biased CO2Reduction on Copper Cathodes Modified with Spaced Organic Structures[ChemElectroChem,2020, 12, 2575-2581.][解説(学内限定)]
1) On-Surface Modification of Copper Cathodes by Copper(I)-Catalyzed Azide Alkyne Cycloaddition and CO2 Reduction in Organic Environments[Front. Chem, 2019, 17, 860.][解説(学内限定)]


主な研究テーマ③-シクロメタラホスファザンを基盤とした協働反応型遷移金属錯体の開発-

 精密有機合成には、多様な結合の形成や切断、不斉中心の導入などの高度な立体制御が必須であり、これを実現するツールとして均一系金属触媒が活用されている。特に近年では、中心金属近傍にLewis塩基やLewis酸といった外来基質との相互作用が可能な第二の活性点を導入し、これらの活性点と中心金属とが同時または逐次的に基質の変換に関与する生体酵素にも似た協働反応型金属触媒の開発が盛んに検討されている。当研究室では新たな活性点を環状配位子骨格に導入したメタラサイクル錯体を設計し、活性点周りの分子骨格の安定性や柔軟性、立体的環境などを総合的に検討することによって新たな協働反応型金属触媒の開発を目指している。特に環状構造として窒素とリンで構成されるホスファザン骨格を基盤とした無機環状遷移金属錯体に注目し、その骨格リンフラグメントが活性点として機能する金属-配位子間協働反応と、このリン原子上に第二の遷移金属フラグメントを結合させた複核錯体における錯体フラグメント間(金属-金属間を含む)での協働反応の構築を目指している。               
Synthesis and Structures of Iron(II) Metallacycles Based on a PNPNP Framework


主な研究テーマ④-機能性カルボジホスホラン錯体の合成と反応性-

 カルボジホスホラン(R3P→C←PR3: 以下 CDP)は2つのリンで安定化された0価の炭素化合物とみなすことができる。この中心炭素は2つのlone pairを有し、その強い電子供与性とカルベンに似た構造から金属触媒の支持配位子としての利用に期待が持たれる。特にCDPは、金属に配位してもなお中心炭素上に活性lone pairを有し、金属-炭素間協働基質活性化を伴う特異な反応性が期待できる。さらに、第二の金属に配位することによって0価炭素架橋複核錯体のビルディングブロックとなりうる。当研究室では強固な三座配位ピンサー型CDP錯体を開発し、これを基盤とした光学活性やレドックス活性などを導入した機能性CDP錯体の開発を行っている。また、これらの単核ならびに複核錯体を用いた新規な触媒反応の構築を目指している。                              
Carbon(0)-Bridged Pt/Ag Dinuclear and Tetranuclear Complexes Based on a Cyclometalated Pincer Carbodiphosphorane Platform